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わずか100年さかのぼるだけで、まだ社会に冷蔵庫は普及していませんでした。冷蔵庫のない時代に、冷たくて甘い南国の果物を食べられていたのは、富裕層でも決して多くなかったはず。

それが今では、冷蔵庫が発明されたおかげで、比較的どこの家庭でも当たり前に新鮮で安全な状態で食べられるようになりました。いつだってテクノロジーの進化は、特別だったものを多くの人にとって当たり前のものにしてくれます。

では、テクノロジーの進化は次にどんな新たな“当たり前”を生み出してくれるのでしょうか。例えば、専属運転手を持つこと。それはごく一部の人のみが享受できている価値です。

専属運転手がいたら、移動はとても便利で快適になるでしょう。自分の行きたいところへ、行きたいルートで、心地よい丁寧な運転で連れて行ってくれるのですから。

しかも、常に乗車する人の体調やこれからの天候に気を配り、それに合わせて調整してくれる柔軟性を持っています。

私たちは、今は一部の人だけが享受できている価値を、当たり前のものにしたい。信頼できる自動運転の実現は、そういった特別な移動の喜びを、誰もが享受できるようにすることではないでしょうか。

自動運転が普及するためにはどうしたらいいだろう?

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①ユーザー価値のさらなる向上
②社会的損失の低減
③責任の所在

①は、ユーザーにとって利便性や安全性があり、経済的なメリットも得られるようにする。②は、自動車事故の件数が少なくなる、渋滞が解消されるなど、自動車が引き起こす「社会的に”負”とされる問題」を解消する。③は、自動車事故が発生した際に責任がどこにあるかを明らかにする。それぞれに課題として取り組むべきことがあります。

これらの課題は、いずれも人が自動運転車に乗る上での不安を払拭し、人にとって自動運転が喜ばしいものになっていくために向き合わなければならないこと。中でも、技術開発に影響するのは①のユーザー価値の向上や②のためのインフラ整備などです。

こうした課題を解決するための技術開発は、これまでも行われてきましたが、私たちは、より人間特性を理解した技術開発が必要だと考えています。例えば、安全性が高ければ人は自動運転車を使うようになるかというと、そうとは限りません。安全性を優先するあまり自動車の挙動が不安定になると、人は不安を感じます。例えば、ちょっとしたG(加速度)の変化も人は敏感に感じ取るようになっています。

自動運転が信頼されるものになるには、どんな状況で人はどう感じ、どう行動するかという人間特性を深く理解しなければなりません。そうすることで、人は自動運転車に安心して身を任せられると思えるようになる。そのためにデンソーでは、人間特性を理解する研究にも力を入れています。

人間の感覚を自動運転技術に落とし込む

デンソー 先進モビリティシステム事業開発部 Vシステム開発室で室長を務める伊能寛は、「安心で快適な自動運転のために、人は運転をするときに一体何を感じて運転しているのかを明らかにして、それをしっかりとエンジニアリングに落とすことが重要」だと語ります。

人は、景色がどう流れていくかで自分が一体どのくらいの速度を出しているのかを理解していると言われています。こうした概念は、コンピュータービジョンの世界では「Optical Flow」と呼ばれています。

また運転者は、前を走る自動車との距離を判断する際、距離や速度そのものを基準にして測るのではなく、「この車は何秒くらいで前の車にぶつかるだろう」という、実際の速度とは異なる感覚上の体感速度で判断しています。

こうした人間特性の研究を活用した技術が、あらかじめ設定した車速内で車が自動的に加減速し、車間距離を調整する「ACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)」です。デンソーが、人間特性を研究し、技術に落とし込んでいるのはこれだけではありません。

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摩擦円全体をボウルの形で表し、タイヤによって生まれているGをボールで表したとき、ボールがボウルから外に出ると、ドリフトアウトあるいはスピンアウトしてしまいます。従来の安全システムでは、このボウルの端にボールが到達するまでタイヤに負荷がかかった場合、力ずくでタイヤの状態を戻して安全を確保していました。

より安心安全な運転では、効率的に車両運動の限界以下でコントロールする「Ball in Bowl(ボール・イン・ボウル)」と呼ばれる状態が実現しています。こうしたメカニズムを自動車工学視点からしっかり解釈して、人間の感覚をエンジニアリングに落とし、制御システムを作る。そうすることで、デンソーではまるでプロの運転手のような、快適かつ安全な自動運転技術を実現していこうとしています。

実際に、こうした技術を使った山岳テストコースでの実験結果では、カーブが続く難しいコースでありながらも、摩擦円の限界以下でコントロールし、乗っている人に安心感を与えることができました。

これらの画像は、運転手別に走行した際、車体にどのようにGがかかっているかを表したものです。
「ボール・イン・ボウル」の考え方では、小さい円に近い状態に線が描かれていると心地よく走行できていると言えます。上記画像の左上が自動運転のケースで、より小さい円の形になっていることから、他のドライバの運転よりも安定していることがわかります。

自動車を知り尽くした上で研究開発を行っているデンソーの強みは、山岳テストコースのように現場で技術の検証ができることです。その強みを生かし、人間の感覚を取り入れた自動運転の実現に向けた取り組みを進めています。

「自動運転が社会に普及していく過程においては、人間と自動車が協力しながら運転していかなければいけません。どのようにして、運転の主権をシームレスに機械に渡していくのか。これは研究の領域としてはかなり面白いですね」(伊能)

「研究者としてこんなにワクワクする領域はない」という伊能は、目を輝かせながら自動運転技術の開発に携わる理由について語ってくれました。

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デンソー先端技術研究所 AI研究部 AI応用研究室 室長の伊藤直紀は、「人間であれば無意識下でできている行動でも、機械だとまだ難しいこともある。安心できる自動運転を実現するためにも、課題にチャレンジしていく必要があります」と話します。

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デンソーが開発している画像認識技術のアルゴリズムでは、こうした問題を解決するために、過去のトラッキング情報などを参考にしながら現在のフレーム位置を推定して検出をかけ、トラッキング性能を向上させています。この技術により、物体が隠れた場合でも精度よく検出できるようになりました。

この技術によって、何がどこにあり、その物体が過去どのよう移動してきたかが分かるようになります。そうすると、次に必要なのは、この先その物体はどこに動いていくかという軌道予測です。例えば、人間は歩行者が視界に入ったときに、自然と「この人はどこに行こうとしているのか」を予測します。AIでもこの予測が可能になれば、より信頼性の高い自動運転が可能になるでしょう。

デンソーではこの技術を利用した歩行者の軌道予測にも取り組んでいます。AIが、過去のトラッキングデータから「この人は、この後どこに行くか」を予測するには、目的地の予測が重要になります。それにはまず、道路の形状や建物の位置といった情報を用いて複数の目的地予測を行い、次に、それぞれの目的地に対してどのような経路で到達できるかを推測し、選択する確率の高いものから出力します。

上の映像は、歩行者の軌道予測結果を活用した「歩行者警報デモ」です。自分の周囲に存在する危険エリアを定義し、そこに歩行者が入ってくる可能性があれば警告するというもので、定義した危険エリアに歩行者が入ってくる確率が一定以上になると、警告として赤色のバウンダリーボックスが表示されます。

デモ映像ではまだ警告が出されていませんが、このバウンダリーボックス(緑)内にいる歩行者はこの後、画面の左方向に動いていくため、その予測結果が赤色で表示されています。また、この歩行者が直進する可能性を考慮した予測もされています。

歩行者が左に行くのか、直進するのか。どちらのケースも予測できている。実際には、この歩行者は左折するため、予測結果も左に収束してきます。このような歩行者の軌道予測に、AIの技術を利用しています。

「人が自然にできていることでも、AIで再現しようとすると簡単ではありません。ですが、AIのほうが得意な領域もある。自動運転の社会実装のためには、解決すべき課題がたくさんあるので、チャレンジングで面白い研究分野だと思います」(伊藤)

安心して身を委ねられる自動運転を

自動運転が社会に普及すれば、運転手が乗客に置き換わります。その際、安全性はもちろんのこと、快適で、信頼して身を委ねられることが求められます。

自動運転が社会実装されるためには、人にとって安心安全な存在であると認識されなければなりません。技術がどれだけ進化したとしても、信頼できる存在だと認識されなければ、世の中に受け入れられるのは困難でしょう。

専属運転手のような、信頼できる自動運転に身を委ね、移動時間を自由に過ごす。そんな未来を実現するために、デンソーは人間特性を最大限に考慮した自動運転の研究開発を進めていきます。